高齢化社会が進む日本。長寿の素晴らしさと共に常に忘れてはいけないのが認知症ではないでしょうか?
人口に対する65歳以上の方の割合(高齢化率)が29.1%を超える日本は、いわば超高齢化社会となっています。認知症の方はおよそ443万人いるとされ、これは実に高齢者の8人に1人が認知症ということになります。軽度認知障害(MCI)の方を含めるとその数はおよそ1,000万人、高齢者の3~4人に1人は該当するとされています。
これからも高齢化がどんどん進んでいく日本において、認知症への対策はとても重要な事であり、我々も認知症リスクを減らす生活を日頃から心がけていく必要があります。
認知症リスクを減らす習慣は
・食習慣の改善
・運動習慣
・趣味を持つ、知的活動をする
・コミュニケーション
・質の良い十分な睡眠
が挙げられています。
今回は認知症リスクを減らすとされる習慣の中で「質の良い十分な睡眠」に漢方薬がアプローチできることを書いてみたいと思います。
認知症と睡眠を語るうえで、深いノンレム睡眠は重要となります。深いノンレム睡眠は睡眠の初期に表れる深い睡眠状態で、大脳皮質の神経細胞の活動が低下し、脳が休息状態に入ります。深いノンレム睡眠時は認知症を引き起こすアミロイドβが脳内から排出される時間帯でもあります。そのため、深いノンレム睡眠が欠如してくるとアミロイドβの排出が進まず、認知症リスクが高まります。
ここで怖いのが加齢と共に深いノンレム睡眠は減少傾向になる事です。深いノンレム睡眠の減少は30代からすでに始まっていて、
40代後半には10代よりも60~70%減少
70歳になると10代よりも80~90%減少
していきます。
40歳を超えてくると、起床時に頭が重く脳の疲れが残ったような感覚は誰もが一度は経験したことがあるはずです。これは加齢による深いノンレム睡眠の欠如が原因の一つです。しかしその減少スピードは穏やかであるため、睡眠の質の低下に気が付かない事が多いです。
さらに高齢者は膀胱が弱くなるため、睡眠が細切れになる傾向が強くなります。これは睡眠効率(ベッドに横たわっている時間の内、実際に寝ている時間)の低下を招いてしまい、80代では70~80%まで低下します。つまり、70代80代にもなると深いノンレム睡眠はほとんどとれていないに等しく、これが結果的に鬱病や認知症、物忘れ、頭のぼんやり感、集中力の低下へとつながっていくのです。
先程、夫婦での妊活相談で喧嘩になるのは睡眠不足により脳のアクセルである偏桃体が過活動を起こしてしまうから、と書きました。しかし、アクセルを踏みすぎなくても、ブレーキが壊れてしまっては同じことが起こります。つまり前頭前皮質の機能が低下すれば、同じように怒りやすくなってしまいます。
ここでポイントになるのがアミロイドβです。アミロイドβとは脳内で作られるタンパク質であり、日々活動していると蓄積されていきます。アミロイドβは主に深いノンレム睡眠中に脳から排出されているため、睡眠不足の人や睡眠の質が悪い人はアミロイドβの処理が上手くいかない傾向があります。アミロイドβは認知症の原因になる事でも有名です。高齢者は自然と深いノンレム睡眠が短くなっていくため、アミロイドβが溜まりやすく、結果的に認知症リスクが高まります。
さてこのアミロイドβは日中活動していると脳に蓄積されていきますが、特に前頭前皮質に溜まりやすいことが分かっています。つまり、夜間は朝よりもアミロイドβが前頭前皮質に溜まっているため、前頭前皮質の機能が低下して偏桃体の衝動性に対しブレーキが効きにくい状態となります。ブレーキが効きにくい状態では合理的で社会的で倫理的な話し合いは難しくなります。
では、夫婦で話し合いをするにはどの時間帯が良いのか?それはしっかりと寝た日の朝です。質の良い十分な時間の睡眠をとることでアミロイドβは脳内から掃除され、さらに偏桃体の興奮も抑えることができます。この脳の状態であれば、互いに冷静で合理的な判断ができるようになるでしょう。
可能であれば公園などを散歩しながら話し合いをするのがお勧めです。東から昇る太陽を浴びながら軽く運動することでセロトニンと呼ばれるハッピーホルモンの分泌が高まり、心身共に爽快な状態で話し合いができるでしょう。
漢方において不眠の原因は様々ありますが、特に高齢者に多いのは心腎不交です。心腎不交とは「腎水と心火のバランスが乱れた状態」です。
心は『精神活動をコントロールする』という働きがあり、日中は精神が活動し、夜間は精神が収束していきます。心と腎は火と水の関係があり、腎の水は心の火(活動)を程よく抑えています。
しかし、加齢と共に腎が衰えていくと腎水による心火の抑制が働かず、夜になっても精神活動が収まりません。結果的に入眠ができない・睡眠が浅い、という不眠を引き起こしてしまいます。
また、「腎は脳に通じる」という考え方もあり、腎そのものの衰えが脳の働きの低下にもつながります。結果的に加齢による腎虚は睡眠の低下による認知症、脳そのものの働きの低下による認知症のリスクを高める事となります。
さらに腎虚に輪をかけるのが血行不良です。認知症には脳血管性認知症というものがあり、高血圧・糖尿病・喫煙がリスク因子となります。これらはともに血行不良を招く因子でもあるため、適度な運動は認知症リスクの軽減にお勧めとなります。
しかし、高齢者が血流を促すほどの十分な運動ができるのかというと、なかなか難しい面もあります。そういう点でも、血流を促す活血薬を併用することは、腎の働きを良くする補腎薬と併用していく事が理想的と言えるでしょう。
加齢による睡眠の低下、運動習慣の減少は避けられません。しかし、それが認知症のリスク因子になるのも事実です。その点について漢方的なアプローチである補腎活血は高齢者に起りえる様々な不調の対策にお勧めです。40歳過ぎたら補腎活血で1年でも長く素敵な人生を歩めるようにしましょう。